2016年02月29日

裏古事記の製本

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あっという間に年も明け、2016年が始まりました。大寒波襲来などありましたが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか?
 さて、今月の不思議なお話なのですが、今回は「裏古事記の誘い」という本を作成した時のお話をしたいと思います。
 この会報が皆さんの手に渡るころには、この本もお目見えしているのではないかと思いますが、この本は横田先生が講義でお話しされた内容を「裏古事記」というキーワードを一つ軸にして編纂された本です。
 始まりは、去年十二月の不思議の会でした。横田先生が、講義が始まる前に、ふと私の方を見て「今日の講義は録音しておいて下さい」と言うのです。
 えっ、とここでひと驚き。何故なら、何となくこの日の講義は録音した方が良いような気がして、横田先生に言われる前に近藤君に音声を録音するようお願いしていたからです。
 横田先生は、講義が終わってから、「この音声を文章に起して欲しい」とおっしゃったので、私も理由は聞かず、文章起こしをすることにしました。
 ところで、経験した人なら分かると思いますが、文章起こしは時間のかかる作業です。音声を聞き、ワープロで文字にする。たったそれだけですが、単純にもとの音声の二倍の時間はかかります。聞き取りにくいところを何回も聞き直したり、文章として読みやすいように編纂したりしていれば、さらに作業時間は増えます。
 横田先生は、約四時間お話しされていましたので、文章起こしにかける時間もどんどん長くなっていきました。

 しかも年末年始は、色々とやることの多い時期でした。大掃除など家の用事も増えるだけでなく、横田先生の御発案で、横田先生が日頃伝えておられる宇宙法則を広めていくための新事業の立ち上げようということになったのです。私は井上さん、中田さんと共にその立ち上げを任されました。
 こちらの新事業も、まさに私がずっとずっと夢見ていたことでした。
 氣楽会のころから、私は「この内容を世に広めたい!」という思いがとても強く、十年前氣楽会に入ってすぐに周りにも「広めましょうよ」と言い続けてきました。
 ですが、私自身もその時は実力不足でしたし、どうやって広めたらいいのか分からなかったので、当時教えていた美容教室でこっそり教えたりしていました。横田先生が「マーナ」という体操を教えて下さったときは、一定の型があったので人に教えやすいと思い教室を開きました。
その教室で、山本さんにも出会えたのですが、結局私が妊娠したことで教室は閉じてしまいました。
仕方なくブログなどの形でアピールしようとしたり、試行錯誤しつつも何となく違う…という日々がずっと続いていました。そんな時、他でもない横田先生からいただいた新事業のお話。
本当に嬉しくて、有り難くて、お話を聞いた日の夜は、お風呂の中で一人泣きました。しかも、今度は一人ではなく、横田先生のバックアップもありますし、一緒に頑張る仲間もいます。こんなに恵まれた環境はありません。
そういうことで、今回の新事業はとても思い入れもあり、頑張って行きたいと思っています。ですから、年末年始は用事も多かったですが、気力の方が勝っていました。
そうして、主人の厚いサポート(という名の家事のお手伝い)も受け、文章起こしは完成しました。それを横田先生にお見せすると「良く出来ていますね。これは、次の不思議の会の音声記録と合わせて、会報別冊にしましょう」と。
横田先生に頼まれたら喜んでやる!をモットーにしていますので、これも快諾し、もう一か月分音声を起こすことになりました。

しかし、年が明け、思ってもみない状況になってしまいました。私の体調が、近年類を見ない程しんどい状態になってしまったのです。
忙しい日が続いた余波が来たのでしょうが、吐き気、めまいとけだるさ、結膜炎、咳と鼻水、発熱、そして頭痛。この頭痛が一番辛かった。頭が痛いと、それだけで何も出来ないし考えられなくなります。
今思えば、意識状態もちょっと変でした。物忘れが半端ないレベルで、ついさっき自分でやった行動を忘れるのです。「あれっ、何で私今、食器洗ってるんだろう?」とふと我に還ったり。
一番ひどかったのは、武道の稽古の時に私が誤った情報をメンバーに伝え、結果それを真に受けてしまったメンバーに大迷惑をかけてしまったということです。こんな大失態は初めてで、本当に申し訳なく思いました。
しかし、そんな状態でも文章起こしを止めることは出来ませんでした。来月までには作りますと、横田先生とも約束したからです。
ちょっとパス、と言っても、横田先生は優しく許してくれたと思います。ですが、私の内面の何かがそれを拒絶するのです。この本だけは、早く形にしなくてはいけないのだという不思議な使命感が、パソコンに向かわせるのです。
夜寝る前、「明日は頭痛いのが無くなっているといいな」と思いつつ布団に入り、何故か広沢さんのことを思うというのが日常になっていました。裏古事記の事を横田先生に伝えてくれた、あの広沢さんです。
そして「広沢さん、答えを教えて下さい。広沢さん、力を貸して下さい」と思ってから寝るのです。私自身、何故こういうことをしていたのか分かりません。しんどすぎておかしくなったのかも知れませんし、文章起こしの内容と気持ちがリンクしていたのかも知れません。
千日回峰行をされている方には鼻で笑われるかも知れませんが、私の中ではまるで「行」をさせられているような感覚でした。身体的にはかなり追いつめられているのに、何故自分はこの作業を止められないのだろうと、ずっと不思議に思っていました。
やっとこさ二つ目の文章起こしも終え、一つ目と合わせて横田先生にお見せしました。横田先生も「すごいですね」、とその文章を読み、さらに「これこれこういう内容も補足説明として入れて下さい。それから、何月分と何月分の音声資料も入れましょう…」とのこと。
ここまでくれば、作業の多い少ないは問題ではありません。私も、どうせ作るのであればしっかりと情報が網羅された、皆に役立つような本を作りたい。またさらに数日、作業は続きました。
横田先生にもお忙しい中チェック作業をしていただきながら、最終的にはすごいボリュームの内容が出来上がりました。デザインや細かい部分での手直しはギリギリまでありましたが、何とか印刷所が指定する入稿日には間に合いました。これで、次回の不思議の会には皆に渡せる・・・。
一気にほっとしたせいか、データを入稿したその日に私はダウンしてまいました。熱も、最終的に三十九度代まで上がりました。
熱でうなされている最中、身体の感覚が無くなり宙に浮いているような感覚になった瞬間があります。あれっ、浮いてる?と思った刹那、あるビジョンを見ました。広沢さんらしき女性の顔と、金の龍です。新幹線くらいの大きさの金の龍と正面衝突する夢を見て、我に還りました。
あの夢は何だったのか、それも今だに分かりません。
大熱を出したのは、折しも二月三日。旧暦の大晦日です。次の日から本当の新年が始まるというその時に、私は一つの行を終えられたような気持ちがして、本当にほっとしました。久しぶりに体重を測ると、三キロ痩せていました。


時は二〇〇六年。私が、氣楽会に入会した年。私は氣楽会のワークショップ終了後に、横田先生達と鉄板焼き屋で飲み会をしています。私は少し酔いながら、横田先生に氣楽会の素晴らしさを語り、「先生、先生のおっしゃる内容は是非本にすべきです!本を出しましょう!」と熱くなっていました。それをじっと聞いていた横田先生は、「そうですね。いつか歩美さんと一緒に本を作るような気がします。」と答えます。
笑って喜ぶ私。その私の隣に、今現在の私が座っています。
あの時の会話は、いつ成されたものだったのでしょうか?今の私が過去の私に伝えたのか?
裏古事記の本も、最初から「本にしよう」と始めた訳ではありません。しかし、結果的に、なるべくして本になったのです。
こうして、一冊の本を作り終え、「思いは過去現在未来の枠を超えて繋がるのだ」という不思議な感覚の中にあります。
これだけの冊子が、わずか一か月程度の期間に出来上がったというのも、奇跡としか言いようがありません。私もダイエットの本を母が出すときは常に携わっていましたが、ダイエットの様に少ない文字数の本を作るだけでも三か月〜半年はかかるものです。
あれだけ体調がしんどいなか、一か月で本が作れた。これは本当に奇跡ですし、本当に広沢さんが力を貸してくださったのではないかと、私は本気で思っています。
横田先生の言うとおり、目に見えない世界からの働きは、常に私たちに降り注いでいるのだと思います。自覚するかしないか、の違いがあるだけなのだと思います。
今年もまた色んなことがあるかと思いますが、そういった働きかけに耳を澄ませ、大切にししながら受け入れていきたいと思っています。
今月も長くなりましたが、読んでいただき有り難うございました。

(嶋立歩美)
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2016年02月26日

自我のフィルターを外す

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皆さまこんにちは!

暖冬というだけあって、二月なのに過ごしやすい日が続いておりますね。

世間は元野球選手の事件でもちきりです。なかなか人間というのは罪深く、この件も、批判する事は簡単ですが、自分自身も人を批判するほど素晴らしい人間ではありませんから、元野球選手についても「残念」としか言えません。恐らく相当苦しんでいた事は間違いないでしょう。捕まったことで逆に安心した、これで薬から離れられると彼は思ったのではないでしょうか。

今日も特に不思議だなぁという話はないのですが、面白い話を聞きました。

ある夫婦がいらっしゃいまして、治療に伺うと奥様が下の入れ歯を紛失したというのです。昨日から紛失して、心底悩んでいるというのです。

僕は「見つからないのであれば、一度往診してくれている歯科医の先生へお願いしてみたらどうか?」と言うと、旦那様が「それは無理なんです…。」との事。

その入れ歯は名医が作ってくれた上に、その奥様の歯ぐきの形が珍しいらしく、なかなか作る事が難しい入れ歯だったようで、「私はもう二度と作れないと思いますから、大事に使って下さいね」と名医に言われていたそうです。

僕は「じゃあ、とりあえず見つかるとイイですね!なかなか探してる時は見つからないし、いつかポンッと出てくるでしょう!」「でもあれですね。奥さんのお顔は入れ歯が外れていてもあまり崩れなくて、入れ歯がなくても見た目は変わりませんね〜。」と話していました。

その後、どうした事でしょう。

治療後に口を見てみると、歯が下に入っているではありませんか⁈

昨日から皆であれほど探していたのに、いつの間にか歯が入っていたのです。

恐らく僕が来た時にはすでに入れ歯が入っていたのだと思いますが、それを本人が気づいていなかったのだと思います。


しかし旦那様は「昨日はあれ程探して見つからなかったのに、ほんと狐につままれたようだ!とりあえず見つかって良かった!」と言い、奥様と共に皆で爆笑しておりました。

するとその後、その旦那さまから不思議な話が始まりました。

「先生実は…、こんな事だけではなく不思議な話は他にもあるんですよ。」

「私の姉が10年以上患っていた蓄膿症があり、とある行者さんに治して貰った事があるんです。その時実は私も付いていったんですが、何か念仏のようなものを唱えた後に、姉の顔に水をパッ、パッ、とかけたのです。治療はそれだけでしたが、それから蓄膿症が治ってしまったんです。それからある時に、警察がその行者さんの所へ行き、「怪しい事をして商売をしている」と任意同行を求めたようです。しかし、その時行者さんは「怪しいかどうか、これをみてから言いなさい。」と言い、その場で鉄の棒を赤くなるまで熱して、素手で握って鉄を伸ばしたんだそうです。それを見た警察官は、ビックリして、結局行者さんを署にひっぱることもなくそれで終わったそうで す。世の中不思議な力はあるものですね。他にも天理教の…」との話でした。



不思議な話は色々ありますが、結局、私自身が不思議な現象を引き起こす事が出来るかは「自我」「フィルター」を如何に外せるかが要かなと今は思っております。

フィルターを外せればもっと素直に世界が見えるはず。

見える世界が変われば、昔なら想像もできないような事象が目の前に現実として起きると思うのです。

そのために、フィルターである、その場その場で無意識にその沸き起こる感情や勝手きままな感覚をクリアにするように今は心掛けています。それだけでも相当世界が違ってきますから。

今回はそんなところでしょうか。

それではまたお会いしましょう!

(福原秀俊)
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2016年02月24日

新しい仕事

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十二月末から、私は今の仕事を辞めようと思いながら、少しずつ違う仕事を探し始めていました。
 この仕事が嫌なわけではないけど朝は早いし、夜は遅すぎるし。。。
 ただこの9年で築き上げてきたものを考えるとなかなかすぐに転職という気持ちにもなれず、本当にしたいことって何なのか少し考える時間をもとうと思っていました。
 元々は幼稚園で働いていましたし、その道も…と頭ではよぎるものの、また同じ道に戻るのもと考えている中で、以前に務めていた幼稚園でならまた働きたいなと思って、今もそこで働いている先生に連絡し、募集がないか聞いてみました。
 十二月末には「もう来年度は決まってるし、近隣も聞いてみたげるわ」という返事でした。
 それが、一月末改めて連絡があり、「嘱託でまず一年やらへんか?って主任の先生が言ってるんやけどどうかな?」と言ってもらい、この幼稚園やったらいいなって思っていた所へ戻れる可能性が急に出てきたのです。
 正直、今年は無理なんやろなと思っていたので、びっくりしたのと、求めてもらえることを嬉しく思いました。
 この流れができたことに不思議やなあ。。。です。

(中田友紀子)
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