2016年06月08日

日常に間を空ける

誰もが驚くような不思議なできごととはいきませんが、小さな偶然や不思議な感覚は意外とあるものです。
この文章を書いているのは4月末日、5月に入ると家族みんなで母の実家である愛媛に帰省します。これまで毎年帰っているというわけではなかったのですが、今年で3年連続の帰省です。
僕は普段の記憶がかなり薄いのですが、一昨年の帰省中の感覚でとても印象に残っているものがあります。
一昨年は帰省の日程と不思議の会の前身である氣楽会の日程が重なってしまい、氣楽会に参加できませんでした。どんな内容のお話だったのだろうかと気になっていたのですが、会員の方の中に、その日のお話の内容を箇条書きでまとめて、メッセージで送ってくださった方がいらっしゃいました。その時の内容は、東京のスピリチュアルカウンセラーである早川さんが見た、横田先生の過去生でのお話が中心でした。
その内容を見た時に、なぜかものすごく感動して勝手に涙が流れたのです。今思えば、一人の偉人の何千年という歴史を見て、ごく自然に起こった反応だったと思います。
そしてその日の夜、家族みんなで夕食を楽しんでいる時に、普段の家とは違う雰囲気もあって、ふと、この5人にも何百年という歴史があって、それぞれが本当にいろいろな苦楽を経験して、いまここにいるんだなぁと思ったのです。遠い星の映像が浮かんで、それぞれがその星で、そういう歴史があるんだなぁと。
その時は、いま家族として5人が生きているという一体感と、長い歴史を持った5つの個の尊さを感じて、不思議な感覚に浸っていました。当時の会報の編集後記というコーナーにも、同じようなことを書いたと思います。普段近くにいる人でも、場所や雰囲気によって新しい一面に気づくことがあるというか、そういう体験でした。ゲレンデマジックならぬ田舎マジック的な何かでしょうか(笑)
ところで、今年は旅のお供に小説を買いました。普段小説は一切読まないのですが、なぜか少し気になったものがあったからです。内容や著者を見たわけではなく、ましてや読まず嫌いしていた中で初めて買った小説が、前世療法の山川紘也・亜希子夫妻が翻訳したというものだったので、その偶然に「へぇ〜」と思っていました。
まだちらっとしか読んでいないのですが、内容は、羊飼いの少年が、不思議な夢を何度も見てエジプトのピラミッドを目指すというものです。しかも「何かを強く望めば宇宙のすべてが協力してくれる」とか、そういういつも読んでいるようなスピスピしたことが書いてあるではありませんか!
読み進めていくと、少年はとある国の王様に、スプーン一杯の油をこぼさずに、宮殿の中の景色を楽しんでくるように言われます。少年は2時間かけて宮殿の中を巡り、王様のもとに帰ってくるのですが、スプーンの油をこぼさないように必死で、宮殿に何があったか一切見ていませんでした。次にスプーンの油は気にせずに宮殿を巡るよう言われますが、王様のもとに帰ってきた時にはスプーンには一滴も油が残っていませんでした。
王様は、スプーンの油をこぼさずに宮殿の中の景色を楽しむことが人生の極意だと言いました。
・・・田舎に帰ったり、昨日であれば近くのれんげ畑を眺めていると、普段は考えないようなことを考えることがあります。花は咲くけれど、なぜきれいに咲く必要があるのか。種を存続することだけが目的なのであれば、美しい必要はないと思います。目には見えませんが、花は独特のエネルギーを発していて、それを見て人は心安らぐものだと思います。そこに存在してきれいに咲くこと自体がお役目なのだろうと思いますし、そういう意味では宇宙そのものだなぁと思ったり。
4月の不思議の会ではデフォルトモードネットワークのお話もありましたが、生きる中でほっと間を空けるということはとても重要だなぁと思います。やるべきことが多くて、つい自分に対して忙しぶったり、家族の存在を当たり前に思うことがありますが、帰省するにあたって初めて買った小説を読んで、一昨年の不思議な感覚を思い出しました。そういう幸福感のようなものは大切にしようと思います。
愛媛に帰ると、ウミネコの鳴き声が聞こえて、夜は大阪より星が見えます。いまからとても楽しみにしています。
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2016年06月03日

そんなもんだろう

皆さん、こんにちは!初夏の気配を感じる今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?
私は、汗かきなので暑いのは嫌だとずっと感じておりましたが、最近はそんな自分も受け入れ始めました。笑

先月、妻も書いておりましたが福茶のカウンセリングを受けてきました。何を言われるのかとドキドキしながらでしたが、あっという間に時間が過ぎ、非常に楽しめました。一番、自分が良かったと思えたのは「自分を肯定できた」という点です。
カウンセリングでは、主に自分の過去生についてお聞きしましたが、それを聞くと、自分がどういう性格で、物事に対してどう考えるかという所に非常に納得しました。
「そんな過去生を送っていれば、そりゃこんな自分になるだろう。」といった感覚です。
 とかく、現代は生き辛いと言われています。他人と違うことを責められ、多数決で物事が進みます。自分の感性を自分で信じにくいとでも言うのでしょうか。私も、様々な場所で変人だの異端児だのと言われ続け、自分はだめなのか?欠陥人間なのかと思い悩んだ事がありました。ですが、今回カウンセリングを受け、過去生を知ることにより今の自分を作るルーツを知りました。その事により、今の自分が感じることが他人と違っていても、自分はそう感じるようになっているのだから、それでいいと思えるようになりました。他人と違うことに何も恐れない。違っていても、そんなもんだろう。という感覚です。
 今回、カウンセリングを受けて、必要のない自己否定というのこれからはあまりしなくて済むのかと思うと、前より生きやすくなりました。地球に重力があるように、水が高い所から、低いところへ流れるように、そうなっている事はそうなっている。
そこに、悩みや思案は必要がない。自分の完成もナチュラルに、そんなもんだろうを合言葉に生きていきたいと思います。

(30代 男性)
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2016年06月01日

沸き起こるものを味わう

皆さんこんにちは。
最近あった不思議な話をしたいと思います。

ある日の仕事中のことです。急に足の裏に痛みを感じ、そっと触れてみると、足裏のまん中あたりがぷくっと腫れていました。およそ3oくらいの小さなできものができていたのです。「痛いなぁ」と思いつつも原因が思い当たらず、とりあえず経過観察をすることに決め、放置することにしました。それが一週間ほど前の事です。

習い事の武道をするときもバイト先でマッサージをするときも、緩やかな痛みが続いていました。

痛みに変化があったのは、ゴールデンウィークの初日です。バイト先の仕事終わりに、どうにも痛みがきつくなり、痛みの出ている膨らみを軽く押さえてみたのです。すると、その膨らみの中からプラスチックの破片のような固いものが出てきました。

その時の身体感覚といったら痛いやら気持ち悪きやら、肩まわりに鳥肌がたつような変な感じがしました。

すると同時に、数週間前に家の台所で何か異物を踏んだ、ということを、鮮明に思い出しました。

その時は、足裏に何か刺さっている感じはするものの場所も分からず、そのまま放置していたのです。そして、そんなことがあったのも忘れていました。

しかし、足裏の腫れに触れて、傷口が開いてプラスチックの異物が体内からでてきた時、その原因となった出来事をかなり鮮明に思い出したのです。

それが、今回の私の感じた不思議なことです。

一言にまとめると「物理的な痛みを感じた時、忘れていたその原因が頭にふと現れ、その時の感情も一緒にあらわれた」のです。

それは、私が頭で考えて思い出したものではなく、また、出そうとして出た感情では全くありませんでした。

これによく似た感覚を、別で味わったことがあります。

私は、ある人に出会うと、とても懐かしい気分になるのです。そして、なぜがアジアの大陸のどこかのイメージと、「とても自由な感じ」を思い起こします。それは直接その人に言ったことはないのですが、不思議な感じです。

今回、私が何を言いたいかというと、自分が思い出す考えや記憶、また、自分の中から湧いてくる感情は、けっして自分ではコントロールできないということを、端的に感じたということです。

私の行動や、湧いてくる嫌な感情や身体的な痛みは、結局は自分には選べないから、ただただ、甘んじて味わうしかないのでは、ということです。

日々の生活の中で、そのような姿勢を徹底してみるのも面白いかもしれないと思い、これは私の最近のテーマでもあります。

自分の行動含め、湧き起こる感情、痛み、考えを唯一無二の自分だけへの贈り物として、徹底的に味わうことを実戦していけたら、面白そうだなと思うのです。

とてもわくわくするテーマだと思いませんか?

これが、今回の私の不思議なお話でした。読んで頂きありがとうございました。

(20代 女性)
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