2016年08月31日

死は終わりでも始まりでもない

_shared_img_thumb_KAZ86_watageno_TP_V.jpg

 これは、矢作直樹先生の新しいご本の第五章の中の小さな見出しです。死は終わりではありません。かといって、始まりでもありません。死は一つの通過点ですと、お書きになっています。
 今月の不思議なお話、あったようなぼんやりした思い込みのようなお話です。
 何度かここでお話ししていた、昨年の四月に急にあわてて逝ってしまった姪。ここ何年かお世話になってお馴染みになっている霊感相談の先生に、六月に定期のお電話をすると、英子さんに言わないといけないことがあるのと、挨拶もそこそこに教えて下さったことは、四月頃英子さんの様子をのぞいてみたら、丁度姪御さんが来ておられて、色のある世界におられたよ。それはもういつでも生まれ変われるということよ、と言われました。寿命を待たずに亡くなると色のない世界にいるのとも。
 一年前に、姪御さんはもう行くべきところへ行かれたよ。自分で生を終えてはいけなかったということも分かっておられるようだし、そういうふうにしていけなかったとも思っておられるようだから、普通に亡くなった人より少し長く修行して、また生まれてこられるでしょうと、教えて頂いてほっとするやら、あっけないなあと寂しいやらでしたが、こんなに早く普通にいるべきところに行けているなんて、思いもよらないことでした。
 ただただ、ほっとして、うれしかったですよ。あの子のことをもう可哀想な状態でいると思わないでいられることが嬉しかったし、感心しました。素直に一生懸命精進したんだなあと思いました。
 横田先生にそうお話しさせていただくと、これからは親御さんもこれまで以上に守っていかれるし、山本さんのことも守って下さいますと言われて、思いもかけないことでびっくりしました。自分が守ってもらうことは考えていませんでした。
 この七月十二日にリビングでこけて、椅子の背に肋骨でぶち当たってしまいました。椅子の背に倒れ込んだ状態で、やや右寄り乳首のあたり、ほぼ真ん中を打撲しました。何が起こったのか、四歩ぐらい呆然と歩きました。しばらく息ができませんでした。
 あまりにきついことが起こって、途方にくれました。ここ十数年少々のことは自分で氣を通して、なんとかかんとか通り抜けてきていましたが、えらく痛いし、「大丈夫?私」と思いました。
 しばらくして横田先生にメールしてしまいました。お返事がなかったのです。


 そのまま二〜三日してまた不安になりメールさせて頂きましたが、お返事がなく、自分の整体の先生のところへ行かれた方がいいと思われたのかなと思い、一週間家事だけはなんとかこなして、親鳥が卵を抱くように、自分の胸を抱いていました。
 五人くらいには肋骨をいやっていうほど打撲したというと、皆でお医者さんは行ったん?ええ、病院行かんとあかんやろうと何の迷いもなく言われて、今回は押し返すのちょっとしんどかったです。
 八日目にはヨドバシカメラに欲しかった小型掃除機買いに行きました。次の日は前日見かけたサーキュレイター欲しくてまた買いにいきました。さすがにしんどかったです。
 八日目に活元運動少しできました。九日目には流れるような活元運動が出て、気持ちよくてびっくりしました。こんなショック受けて、痛くて動かせないし、活元運動なんか出ないやろうと思っていましたから。これは貯め込んでいたいろんなもの大分流せたのかもしれないと思いました。そこまでは必死で体の要求やろう、偶然ってないっていうしと思うようにしていましたが、その時、このショックはしっかり活用しようと決めました。
 次の日は業謝をして頂く日でした。この状態で伺うことは大分不安に思うことでしたが、物事は会って抜けていくものだと思っていましたので、いつもと同じように伺って、「何度も勝手にメールして申し訳ありませんでした」とおことわりして、先生も「いいえ」とおっしゃられて業謝をして頂きました。
 いつもよりすーと掻き出していただいている氣がしました。痛くないわけではありませんが、まっすぐ辛抱する感じでした。ほぼ全身すーっといくようでした。



 終わってから先生が、メールってとおっしゃられて、互いのスマホを突き合わせると届いていませんでした。去年あれだけ何度も長いメールさせて頂いたのに、できなくなっていました。
 これは何かに遮られたんだなあ、「自分で凌ぎ通せ」と言われていたように思いました。
 「そこは山本さんの急処ですよ」と先生に言われて、自分では反対側がややこしいところだと感じていましたのでびっくりしました。

 その二日くらい前の晩、寝入りしなに変わったことがありました。足の指から頭の天辺まで腕も伸ばして、それも部分を小分けにするように縦割りで伸びて、そのたびに体の中からそっと溢れるように欠伸が出てよい気持ちでした。五回くらいすると、若い女性のような声がとうとうと話しかけてくるのです。部分、部分しか拾えなかったし、時間がたつごとに忘れていってしまう感じです。
「寿命が延びて・・・命の流れが繋がりました・・・あなたがこのところ人にしていた善行の数々が、この間の善行(何、どれ)でジクソーパズルのピースが嵌ったように嵌り・・・あなたがこの世に居る必然性がなくなりました・・・二〇二〇年から○○年の・・・残念ですが、半年後この地上にあなたはいません・・・こういう風にこのことが早まったのは、あの先生(横田先生のような気がしました)のお蔭?影響?(はっきりしません)があると思われます・・・」
 こんなことは初めてでした。信じていいのかどうかと思いつつ、地上からおらんようになるのなら、いろいろ準備しとかなあかんなあと思いつつ、打撲のあとで何するのもだるい感じです。
 横田先生は「地上からいなくなるのではなくて、ここまでの山本英子としての捉われていた人生が終わるということですよ」と言われました。
 その数日後、姪が「地上からはいなくならへんと思う」と言ってくれたような気がしました。業謝の数日前にも「大丈夫やから」と言ってくれたような気がしました。
 どう思えばということばかり並べている気がしますが、なかったこととしていこうとも思わないし、六月二十一日あたりの出来事だし、痛い胸さすりながらぼつぼつ進んでいこうかと思います。

(Yさん 60代・女性)
posted by 不思議の会ブログ at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 体験記

2016年08月29日

知識を活かす度胸が必要です

_shared_img_thumb_ELLY89_himawaribatake20140812_TP_V.jpg

 皆さん、こんにちは!
 七月に茨木駅前にサロンをオープンしました。
 オープンまでドタバタもありましたが、横田先生を始め、嶋立さんご夫婦にも大変お世話になり感謝しております。
 去年の夏は、離婚が成立してとりあえず働かなくては、とバタバタしていました。占い師でやっていくことは決めていましたから、短時間のアルバイトを見付けて働き始めた頃です。
 それがまさか一年後に自分でサロンを持つことになるとは思いもよりませんでした。
 当時は出張占いをポツポツとやっていて、今から思えば素人の手探り状態です。
 会員の愛宕眞由美さんのコンサルを受けるようになってからは、プロとして必要なことを教えて頂きながら、心構えも色々と勉強させて頂いています。
 占いのスキルがあればいつかどうにかなる、と思っていました。
 いつかはどうにかなるかもしれないけれど、占いで生活していく身としては早い方がいいですよね。
 自営業者の立ち振る舞いや考え方などなど、ビジネスのハウツー以外にも大切なことがたくさんあります。その辺りも身に付けていくうちに、自分のサロンを持ちたい、という願望が出てきたわけです。
 その度胸の部分が今まで欠けていたため、素人に毛が生えたぐらいの規模から進まなかったんですね。
 この度胸というのは、自分で仕事をしていく上で大切な要素。
 サロンを持ちたいという願望も、度胸がなければ湧いてこなかったと思います。
 そして先日、これまでお世話になっていたアルバイト先を退職することに決めました。
 この短時間のアルバイトで家賃は必ず賄えるため続けていましたが、お仕事も増えてきたためそろそろ卒業かなと。これまでは、万が一を考えると辞める度胸がなかったんですね。
 仕事のハウツーも必要ですが、何よりそれを使いこなせる度胸が大切ですね。

(Oさん 40代・女性)
posted by 不思議の会ブログ at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 体験記

2016年08月18日

出逢いの不思議

_shared_img_thumb_ELLsyuumeigiku14091504_TP_V.jpg

 人の出逢いは本当に不思議です。あの時、行動していなければこの人とは出逢わなかった・・・なんてこともザラにありますよね。
 私事になりますが、先日横田先生からもご紹介頂いた通り入籍させて頂きました。そのお相手の智也くんとの出逢いも不思議です。心理学を学びに行った学校の研究コースで出逢ったのですが、その頃、私は職場を変わらざるをえなくなり、福原さんのご紹介で午前中だけの仕事になったので以前から興味のあった学校に五年越でやっと行けたのです。基礎コースだけで終わるつもりが興味があったのと、今しか時間はないと思い研究コースまで行こうと決めました。その選択に「またいつか」や「お金がないから辞めておこう」という選択をしていたら違う今が形成されていたことでしょう。
 智也くんも、実は基礎コースは五年程前に修了済だったそうです。研究コースに進んだのは、もっと深く心理学を学びたいと思ったからだそうで、タイミングが偶然重なり同じクラスになり、初回の授業で同じグループの席になり出逢いに繋がりました。
 こうしてみると、いくつもの偶然やたまたまが重なって今の人間関係が形成されているようにも思えるし、私達の計り知れない結び付きが根底にもう既に有ってそれに基づいて出逢っているのかも知れません。
 「対面同席五百生(たいめんどうせきごひゃくしょう)」と言う言葉を彼に教えて貰いました。この言葉は仏教用語で「たまたま向かい合ったり同席したりしているような人でもその人とは最低でも五〇〇回は過去世で関わりを持っている。」という意味があるそうです。たまたま対面しただけで五〇〇回はご縁があるのですから、家族や友達となると数えきれない深いご縁で繋がっているということですし、出逢う人はすれ違う人でさえ深いご縁があるとも思いました。すると、どんな出逢いも意味のある大切なものなのだと思えます。
 最近は仕事でなかなか厄介だなぁと思える患者さんに出逢っても、五〇〇回も会ってるんだからこういう人だと知ってた筈だし、もー、仕方ないなぁと親近感を覚えるようになりました(笑)
 電車に乗っても、買い物をしていても、すれ違う人たちが五〇〇回も関わってると思うと他人であり全くの他人でない・・・不思議な感覚になりました。関わりがある人は勿論のこと、関わりがないように感じる人でもどこかで繋がっているなら・・・少し優しい気持ちになれる気がします。そんな気持ちを日常少しでも持てたら良いなと思っています。

(Iさん 30代・女性)
posted by 不思議の会ブログ at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 体験記