2016年10月31日

内面の大きな変化

 だんだんと涼しくなってきました。秋風に吹かれたせいか、今年の総括をしたくなります(笑)。
 今月の不思議なことのテーマは、私の内面に大変革が起こったからです。ここ数週間の出来事ですが、感覚的な大きな変化です。ですが、感覚的すぎて筆舌に尽くしがたし。言葉にすると曲がって伝わってしまいます。
 ですが、自分の中では別人のような感じです。祝詞も、少林寺の技の感じも変わりました。家族との接し方も変わりました。接してみて、「あれ、私変わったな」と思うんです。不思議です。
 不思議と言えば、体調も去年と大きく変化しました。


 十年ほど前に心身症になり、それがきっかけで横田先生とご縁が出来ました。それからお陰さまで少しずつ体調が良くなっている感覚はあったものの、少なくとも月に一回は、一日中寝込んでしまうというのが去年までの私でした。
 これが、今年の始めに『裏古事記への誘い』の製作を手伝わせていただいている中で、かつてないほどの体調不良に見舞われました。熱も出て、意識も朦朧としながら、突き動かされるように本を編集しました。最中にはとてもリアルな不思議な夢を見たり・・・。夢か現実か分からないような数週間を過ごしました。
 ですが、その機会を境に、私は寝込まなくなったんです。つまり、十年ごしの心身症が治ったのだと思います。

 しかも、今年は自分で起業もし、薬局のアルバイトも始め、娘も幼稚園に行き始め・・・早起き生活も始まり、「これだけ忙しいのに大丈夫か、私!?」と思っていたのです。なのに、去年とは比べ物にならないほど元気です。
 六月の少林寺の大会の練習で、ぶっ倒れなかったのも今年が始めてです(笑)。
 そして今月の九月、台風が大阪に直撃する直前は体調が少し悪く、何故かイライラとしていました。ですが、台風の経過とともに私の内面もスッキリ。同じ時期にプチ断食もし、部屋もプチ断捨離し、色んなことがスッキリしたのです。
 こういう変化が加速したのも、やっぱり人と場所の影響が大きいのだと思います。特に、やっぱり横田先生のお話を聞くたびにパチッとスイッチが入り、内面がガラッと変わる感覚があります。変わると、加速します。

 少林寺の技も、横田先生の「あのやり方も、このやり方もあるよねという人もいるが、そうではない。このやり方(横田先生がされている法形)しかないのだ」というお話を聞き、そこから私もバチッとスイッチが入りました。「そうか、護身としての武道はこういうことじゃないかな?」という仮定の中、試行錯誤しているところです。
 内面の感覚、体の感覚の大変化は、とにかくビックリしています。これまでは、何か努力をしなければ、何事も上手くいかないとどこかで思っていましたが、そうではないんですね。本当に、場所と人によって、人の意識は影響を受けるんですね。
 とにかく、横田先生にひっついておけば大丈夫、ということだと思います(笑)。
 横田先生もお忙しくなる・・・と早川さんの言葉ですが、お会いできる時には有り難く、心を開いて、素直なまっさらな自分でありたいと思っています。

(Sさん 30代・女性)
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2016年10月27日

熊本チャリティーコンサートに参加して

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八月三十日に、主人といずみホールに「熊本地震チャリティコンサート」に行きました。椎橋薫さんがパイプオルガンを、菊本和昭さんがトランペットを演奏されました。お二人とも阪神淡路大震災にあわれたので、今回縁あってこのコンサートをされたそうです。
 パイプオルガンとトランペットはよく合うそうです。いずみホールには立派なパイプオルガンがあります。
 プログラムには「本日は演奏家、お客様、ホールが一体となって祈りを捧げたいと思っています」と書かれていました。
 演奏が始まって、リストのどんどん、どんどん低音に下がっていくメーンテーマを聴いているうちに、東北の大震災の津波がすべてを押し流していく光景や、遺体安置所の映像や、避難所でやっと親と再会できた子がさっきまで気丈にインタビューに答えていたのに大泣きしだした光景、姪が急死した後、兄夫婦が、私の前ではさすがに叫ばなかったけれど、どうしていいか分らず、とりあえずできるように日々をなんとか過ごしながら、静かに苦しむ、でもどう見てもその阿鼻叫喚のありさまが、どんどん流れるように浮かび続けます。
姪の突然の死は、私にとっても一生で一番きつい出来事ではありましたが、あの兄たちの傍で一緒にいて、私もものすごく辛かったということがよく分かりました。涙が出てきました。
 七月にこけていやというほど肋骨を打ったのは、体力的な疲労や気持ちのくたびれだけではなかったということがやっと分かりました。いろんなきつい出来事を見て経験して、しぶとさとか何かの器のようなものとか持てているような気がしていましたが、限界だったように思いました。

 まるで教会にいるようだなあと思いつつ、音楽の中にはまり込んで二部の終わりころ、こんなにきつい思いや、ものすごく嬉しくてたまらない思いを経験するために生まれてきたのだろうなあと思いました。その曲が終わるまで人生を愛しているなあと感じていました。
 このいずみホールで、お名前は忘れましたが、ヨーロッパでパイプオルガンの随一といわれる演奏者で、後進の演奏者が誰でも教えを乞いたがるといわれている方の演奏を聴いたことがありますが、素晴らしかったのですが、今回の演奏会の方がより忘れられない演奏会になりました。
 数日前に「三十日にコンサート」と言われて、「ええっと予定はどうだっただろう、もっと早く言ってよね」と思いつつ、お付き合いで行ったのですが、こんな気づきと巡り合うとは思いもかけないことでした。

(Yさん 60代・女性)
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2016年10月24日

日天寺さん

 京都・北白川通から山道を比叡山へ途中、お山の中腹に日天寺さんはあります。
 おばあちゃんの先生がご住職で、ご住職は人の命も左右されると聞いています。またお寺には龍神様もおられるみたいです。
 龍神様は姿を変えられますので、手水に泳いでいる小さな蛇でも、ザバーンと大きい波が起こるのです。
 ある時ご住職の夢枕に神様が現われ、「汝、伊勢神宮・二見浦の夫婦岩のおしめ縄をせい」と言われたそうです。
 先生が「どこの馬の骨とも知れない私が行っても、門前払いを食らいます。誠、するべきならば、相手方にもお伝え願います。」と神様にお願いすると、神様は、「あい 、わかった」とおっしゃって消えていかれたそうです。

 先生は半信半疑で伊勢神宮へ行かれたところ 伊勢神宮の宮司さんに出迎えられて 「よく来てくださった」と大歓迎されたそうです。
 不思議なことに、神様は伊勢神宮の宮司さんの夢枕に立たれてそのことをお話しされたみたいです。それからは毎年五月の連休に、信者さんと観光バスでおしめ縄を掛け替えに行かれています。
 先生がおっしゃるには、ある時、偉い男の先生に「女のお前がするのは生意気だ」と言われたそうです。
 先生は「それでは貴方がお掛けになってください」と譲られて、その年、偉い男の先生が描けようとすると、海が荒れてどうしても掛けられず、それからは先生がずっと続けておられました。


 もう十五年も前の話になります。先生は「もう、私も年ですので、ぼちぼちお役目を堪忍してもらおうと思っています」とおっしゃっていました。だからそれ以降はわかりませんが、もうとっくに代わられたかもしれませんね。

(Iさん 60代・男性)
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