2016年11月30日

不思議な出会い

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 こんにちは。あっという間に十一月となり、季節は冬になろうとしています。その間にも、不思議だなと思うことはいくつか起こっています。たまたま話題に出ていた人を久しぶりに道端で偶然見かけたり、横田先生とお話をしていた時に、ナンバープレートが龍の数字である「8」並びの車を立て続けに見たりといった感じです。
 中でも面白かったのは、先日、主人の紹介でオーラソーマセラピー(カラーセラピー)を受けた時のことです。夫は二十代の頃から何回かオーラソーマセラピーを受けたことがあると聞いていたのですが、「一度一緒に受けてみない?」と誘ってもらい、私も一度受けてみたいなと思ったのです。
 実は昔、私はオーラソーマの入門編を勉強したことがあり、セラピーを受けるのも初めてではありませんでした。しかし、当時は内容が複雑過ぎて挫折してしまい(苦笑)、勉強はストップして遠ざかっていた世界でした。ですので、再び触れることができたご縁に不思議な感覚を覚えました。
 ここで、オーラソーマとは一体どういったものなのかを簡単に説明させていただくと、様々な色のオイルが入ったボトルを直感で選び、その意味を読み解いていくという感じのものです。一本のボトルには二層の綺麗な色のオイルが入っており、右脳に繋がる左手で約百十種類のボトルの中から直感で四本を選び、セッションしていきます。ボトルには名前のあるものもあります。中にはサナートクマラという名前のボトルもあるんです。選んだボトルの色だけではなく、選んだ順番にも意味があります。選ぶのは直感ですから、それはすなわち潜在意識に選ばされたことを意味していて、クライアントが何を求めているのかを読み解いていくのです。
 私はボトルを見ていると、理屈ではなく「本当に綺麗な色だなぁ」と毎回感動してしまいます。ボトルのオイルは天然の鉱物や石からできた色なのだそうで、その色から出てくるエネルギーが人工の色とはまた何か違う私たちの感性を呼び覚ましてくれているのかもしれません。
 さて、私が選んだボトルから見た結果はというと・・・
・人生のテーマ「クリエティブな人、創造性、コミュニケーションを通してやりたいことを表現してゆく、遊び心を持って楽しく生きる」
・チャレンジや課題「変化への抵抗や優柔不断、頑固な所があるので、感じたままに行動すること」
・現在「今は楽しく一瞬一瞬に喜びを感じている、奉仕の心で愛を与える」
・近い未来「地に足を着けて一歩ずつ目的を達成してゆく、スピリチュアリティな気持ちを持って人と関わってゆく」でした。
 私はちょうど次の仕事について方向性を考えていたところですが、自分がワクワクすることを見つけることがそこに繋がるということを後押しされたような気がして、これからは職種を限定せず探してみようと思うようになりました。
 と、ここで終わると思いきや、その後のお話がまた不思議で面白かったので少し書かせて頂くと、終わってからオーラソーマの先生と夫と私でお話をしていたのですが、何かのきっかけで沖縄の話になり、久高島の話が出てきたのです。その先生のご主人は沖縄で教育関係のお仕事をされているのですが、生徒で来ていたユタさんから「久高島に行ってきなさい」と言われ、そこで不思議な体験をされたそうで、それからお仕事が軌道に乗り出したそうです。また、オーラソーマの先生は仏画を京都で学ばれていて、描いたり教えてもおられるのですが、お家の玄関に見事な二匹の龍の仏画がかかっていて、ここでも龍か・・・と思いました。先生が描かれたそうで「なぜか龍を描こうと思ってお手本を出してもらったのよと」おっしゃっていました。保江さんの講演会にも行かれたこともあるとか(笑)。
 私は何となく「この先生とはこれからもご縁があるのではないか」と思っているのですが、これもまた不思議な感覚です。そろそろ年末から新しい年に向けてのラストスパートの時期ですが、これからもより感じたことを大切にして行動してゆきたいと思っています。

(Iさん 30代・女性)
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2016年11月28日

擬死再生

 皆さまこんにちは。この文章が会報に掲載されて皆様の手に渡るのは十一月末ですが、今回は九月からの流れを書いていきます。
 九月の会報にも書いた通り、大学の実習で九月十七〜十八日と大峰山へ入らせていただきました。大峰山は奈良県から和歌山県に連なる大山脈で、私がご縁をいただいたのは山上ヶ岳という一番の有名どころです。道教や仏教の修行のために僧侶が訪れるようになり、切り開かれていったことに始まります。


 楽しみだなぁと思って当日を迎えました。それでナメていたというわけではないのですが、適当な靴がなくて、あろうことか私はコンバースのスニーカーを履いて行ったのです。岩場で頭を打ち付けて流血しましたが、あれは天罰だったのでしょうか?(笑)
 先導は、修験道本山派の中心寺院である聖護院の住職・K和尚でした。どんな方だったのかと説明すると・・・「天心の人」でしょうか。学生と接しているのを見ていても、誰に対しても態度を変えませんし、いつも明るいのですが、その中に強さを感じるというか。僕はほとんど話すことはありませんでしたが、「この方、すごい好きだなぁ」と思って、K和尚の後ろにぴったりとくっついて歩いていました。大学では教室の最後列の席にしか座らないやつが、実習では学生の先頭を切って歩くというAB型っぷりです(笑)
 登り始めてすぐ、スッと空気が変わったところがありました。僕自身敏感なタイプではありませんが、驚くくらい変わったのでふとそっちを見ると、注連縄が張られた巨大な岩がありました。ものすごい急斜面を登っていたため、足元をずっと見ています。それで気がつかなかったのです。その後も、そういうポイントはいくつかありました。
 いろいろな行場を通って、いろいろな気づきや驚きがあったのですが、鐘掛岩という行場で蛇に遭遇したことが印象に残っています。ただ、それは普通の蛇ではなく、龍神様だったと思うのです。
 鐘掛岩は鎖をつたって登っていくので、一人ずつしか登れません。そのうえ大峰山の行場自体、昨年・今年(しかも僕が大峰山を降りた日)と死者が出ているくらい険しい場所なので、誰も一番に行きたがらなかったのです。

 それで結局、僕が一番に登りました。いざ登ってみるとととてもいい眺めで、きれいだなぁと思いながら、皆が登ってくるまで役行者像の横に座って、ぼーっとしていました。
 その時、ふと視線を移すと、蛇がとぐろを巻いてこちらを見つめていたのです。「おぉ!」と思ったのですが、一番に登ったので「蛇がいるよ」と声を掛ける相手もいません。挨拶をするように蛇と見つめ合っていたのですが、数秒して蛇は後ろの段差の下にすーっと降りていきました。
 僕はすぐにその段差の下を覗き込んだのですが、そこに蛇の姿はありませんでした。普通にいなくなっただけかなとも思ったのですが、その場所の状況を考えると、すぐに覗き込んで見えなくなるということはないと思うのです。それを不思議に思って、後でK和尚に質問をしてみました。
「大峰山で蛇を見たことはありますか」
『何回かあるよ』
「どこで見ましたか」
『普通に山道を歩いていて』
「岩場で見たことはありますか」
『それは一度もないなぁ』
(後々調べたところ、変温動物である蛇が生息できる限界標高のようなものがあるらしい)
 そんなこんなで一日目を終えたのですが、翌日はとんでもない浄化の大雨でした。帰りの下り坂は小川のようになっていて、靴もべちゃべちゃになって。その帰りに土砂崩れのようになっていた道を通った時に、数週間前に見た土砂崩れから逃れる夢と一致している光景があったり、たまに夢の中で謎のひらがなの羅列を音読していたのですが、その一部が行場の歌のような、真言のようなものに入っていたりして、何かと不思議な二日間でした。
 タイトルにある「擬死再生」という言葉には「一度死んだつもりで、次の行場に挑む」という意味があるそうです。大峰山は厳しい行場が続くということで、そう言うのだそうです。実生活の面で言うと、大峰山に入ってからコンビニのアルバイトを辞めることになって、古い人間関係が清算されました。新しいテーマに向かうこれからの流れができているような気がします。
 十月・神有月に入ってからは、また夢の中で蛇と遭遇しました。一匹の黒蛇を縦に引き裂いたのです。そうするとそれが二匹になり、躍動しながら絡み合っていたのです。何だったのだろうと思っていると、その日に鳥取であの地震です。出雲方面でも潜在的なエネルギーが解放されつつあるのかなと思います。
 年末にかけても色々な情報が出てくると思いますが、自分のテーマを一つずつこなしていきたいと思っています。

(Uさん 20代・男性)
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2016年11月14日

豊かさが未来を変える

皆さまこんにちは〜!
 不思議な事は日常に溢れておりますね!八月からの流れでしょうか?九月は変化の月でした。
 それは、八月に横田先生の少林寺拳法教室で配られた開祖法話のプリントに始まります。
 開祖の言葉で「精神的に成長して、お金にも困らなくなった」と、またD・カスター教授の本を紹介して、「私が話してきたような内容が書いてあり、改めて自分のやってきた事が正しかったのだと確信した」と書かれていました。
 これには正直驚きました。開祖もお金に関する内容を話されていたのだと。
 これがキッカケになり、D・カスター教授の本を取り寄せ、改めて少林寺拳法のダーマ信仰について確信を得られたような気がしたのです。
 そこからはあらゆる潜在意識についての本を読み漁り、勉強しました。そこで分かった事は、「今が一番幸せだ!」と感じられる事が一番大切だという事です。
 これが本当に難しい。
 潜在意識は映画監督で、顕在意識は観客。実は・・・観客が楽しめる内容を監督が映画館で必ずしも映してくれるとは限らないのです。
 映画監督の過去生や過去の経験によって、観客に観せる内容を変えていきます。観客は監督に映像の変更を訴える事が出来ますが、監督に伝わらなければ変更されません。監督はそれだけ強いのです。
 監督に本当に映して欲しい映像を流して貰うには、監督が抱えている負の過去生や経験をクリアにする必要があります。
 そのクリアにする方法が、日常における過ごし方にあります。

 例えば、どんな言霊を発しているか。どんなお金の使い方をしているか。どんな人間と過ごしているか。どんな立ち居振る舞いをしているか。等です。
 これらの全ての基本は「心が豊かになること」。その行動によって、自分自身の心身が豊かになる。つまり、幸せになる事です。
 豊かさこそ、行動の指針になります。
 このタイミングでお金を使えば豊かになるなぁ。このタイミングでこんな言葉を使えれば、自分が豊かになるなぁ。このタイミングで一歩自分が引けば、心が豊かになるなぁ。等です。
 これが出来れば、監督の過去生や過去の経験が必然的にクリアされ、豊かに過ごす事が可能になります。つまり、観客の観たい映像を監督が映してくれるようになる。監督は観客が本気になれば変わるのです。

 大切な事は、観客が監督を諦めない事。それでは、今日はこの辺で・・・!

(Fさん 30代・男性)
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