2017年01月30日

思った以上のことが起こる流れに乗る

 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
 さて、いよいよ年が明けましたね〜★昨年は私にとって結婚、引っ越し、仕事が変わった上に退社するなど、変化と不思議が盛り沢山な一年でした。どれも思った通り・・・と言うよりは、思った以上のことばかりでこれまた不思議です。
 十二月三十日には、会員の有志と共になんと奈良県の丹生川上神社や室生寺、龍穴神社に参拝させて頂くことが出来ました。車じゃないと行けない場所なので、半ば行くことを諦めていただけにかなり嬉しい出来事でした。通りすぎる車のナンバープレートがゾロ目だらけで不思議でしたし、何よりこのメンバー自体が不思議(笑)。年末のギリギリまで思った以上のことが目白押しの一年となりました。
 最近はどの出来事にも「こういうことを教えて貰ってたんだ」と思うことが多いです。中でも昨年一番心に残っていることは、十一月末にYさんという方が亡くなられたことです。その方とは一緒にストレッチをしたりお話をする位の関係でしたが、とても明るくて気さくな方という印象がありました。ママさんバレーや地域活動のお手伝いをされていたりと、とてもパワフルで楽しい人だなという印象の方でした。
 そのYさんがガンになられたのは五年前のこと。母からその話を聞いてびっくりしたのを覚えています。私から見たら明るく活動的で友達にも囲まれ元気に飛び回っている姿から、ガンになるなどあまり想像できない人だったからです。
 五年間、手術を何度か繰り返され、聞くところによると最終的には臓器の殆どを摘出したとのこと。それでも退院され元気になったという話を聞くと、生きる力が強い方だなと思っていました。反面、もう手術なんてしたくないだろうし、こんなに復活できる人ならしなくても良いのではないかとも思っていました。もちろん人生の選択は自分次第でしょうし、こういう選択もありだろうとも思いますが、手術をしない選択をすることの方が肚が必要なことで難しいことなのかも知れないと思いました。
 お通夜に参列し、今までの感謝を伝えさせて貰いました。そして、Yさんが何か私に言うとしたら何だろうと考えました。すると、その時に「不安からすること(行動)はよくないね」と言われた感じがしました。
 Yさんは不安から何度も手術をされたのではないかなと思います。「これ」をすれば治るかも知れないと言われたら、そこに何の疑いもなく頼りたくなるもの。今の医療はその最たるものかも知れません。
 私もこれまでにいろいろ不安になること、焦ることがありました。今でもありますが・・・。特にいい年齢になってきた私は結婚できるのだろうかということは一番の焦りであり、不安でもありました。その中でいわゆる婚活的なこともしましたが、自分に合わないのですぐ止めました(苦笑)。
 たまに「どうやって結婚出来たのですか」と聞かれることがありますが、答えるのがなかなか難しいです。と言うのも、周りの環境や流れに沿っていたらこうなったという感じで、私が思い描いていた段取りなどすっ飛ばしてましたから・・・。
 不安や焦りから行動していた時はなかなか思うようにいかなかったのですが、一旦この思いから離れてみると、物事が思った以上に進んできたように思います。最近もそろそろバイトをしないといけないかなと思って探したりしていたのですが、これも焦りからの行動だと気付いてハッとしました。今は「自分が楽しめる仕事にご縁があるといいな」という気持ちで探しています。思った以上の流れに乗るには、行動の前にある思いの出所を見てみると良いのかも知れません。
 年末までいろいろな気付きとご縁を頂き有り難いことだなぁと思っています。これも横田先生を始め、家族や共に学んで下さっている皆さんがいて下さるからだと感謝しかありません。今年も不思議で思った以上のことが起きる予感しかしません!今からワクワクしています。
 今年も皆さま、よろしくお願い致します。

(Iさん 30代・女性)
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2017年01月26日

間を空ける

 近年、気象の異常が言われて久しい。局所的な大雨や雷、天変地異がいつどこで起こってもおかしくないこの頃。次は自分達かと心の片隅に少しは抱いているのではないでしょうか。大統領選挙があったりと社会情勢の変化もあり、自分以外のところで大きな変革が起こっているので、いつまでも対岸の火事のようにしていることも出来ません。少し自分の身の回りのことに目を向けてみても、事の大小に関わらず一年の間だけをみても生活にも変化がありました。その変化をみても、自分が好んで受け入れたものと自分以外から発信されて動きだしたものとがあります。どちらかといえば自分の努力だけではなんともならない、むしろ努力しようと思っても出来ない事の方が多くあったのではないかと思われました。
 この変化に対応し順応していくことが社会性を養うことであり、自然の中で生きていく力を培うことにもなっているのだと思います。
 その為には片付けで認識されるようになりました「断捨離」の様に、必要なものは残して不必要なものは捨てることでまた新たにスペースを空けるというものもあります。余裕をつくり、その間にまた新しいモノや事が起これば入れていくという方法があります。
 いつでもその余裕がある状態であれば心にもゆとりが出来ますし、非常事態にも対応することができますよね。しかし、そう余裕があるときだけに問題が起こってくれるとも限りません。余裕があるときに起こるものは問題になる前に収めることが出来るものです。余裕がないときに起こるからこそ問題であり、直面すると慌てていつもの自分と違う対応をするものです。



 部屋を片付ける場合ではモノを捨てると捨てたモノの分だけスペースが空きます。その空いたスペースに新しくモノを収めたりすることが出来ますが、押し入れにモノが目一杯入っている場合にはもう押し入れの中にはモノを入れることは出来ません。
 そうすると、新たに他のモノを捨てるのか、押し入れ以外の場所、つまり部屋の中にモノを置く事になります。そうして、段々と部屋の中にまでモノが溢れかえってしまう状態が生まれます。
 日常生活の問題では物理的なモノとは違いますので、問題が起こった場合にその問題をモノのように捨てる事が出来ません。問題を処理することが出来なくなって頭の中がパニック状態となり、うまく対処することが出来ません。問題を人に任せる事が出来れば専門化に任せたりすることも必要ですし、一人で全て抱え込む必要もありません。ただ、人間が押し入れと違うのは、問題が生じた場合に自分の容量を拡大することが出来るチャンスにもなるということです。容量を増やす事が出来れば余裕がそれだけ増えますし、問題と感じていてもその問題の分だけまた容量を増やしていくことも出来るのです。ただし、余裕がありすぎるのも足元をすくわれる原因にもなりかねません。
 以前のお話で、「歩道を歩いている時に正面から人が同じように歩いてきます。このまま行くとぶつかることになりますが、あなたはどうされますか?」という問いかけがありました。お互いに半分ずつ譲りあう事もありますし、「気づいた時にすぐに進路を譲る」「相手が避けると思う」などの選択肢がありましたが、「先に避ける人の方が余裕がある人です」と答えられていました。自分の事だけを話す人よりも、相手の話を聞く耳を持つ人の方が余裕がありますし、直接的な意見を話すよりも、相手の意見を間接的に話すには余裕がないと難しくなります。
 神聖な場所、聖地では必ず礼拝の施設と空間が設けられています。自宅にもそのようなスペースがあれば良いと思うのですが、自分に余裕を設けるには、問題を受け入れスペースを拡げるのと、もう一つは瞑想です。頭の中が忙しくなっているときにこそ頭の中にスペースを設ける事が出来るのです。
 田舎に帰省中に地元の神社に参拝を致しました。多賀八幡神社と云われる氏神様で、《伊邪那岐命を祀っておられ、元慶六年(八八〇年)近江国多賀神をこの地に勧請したのが始まりとされ、また、この社は山上にあった時、北殿に並んで「天之御中主神」を祀っていたことにより妙見社とも呼ばれてきました》とありました。ここは田舎の山の麓にある神社ですが、奥には社殿もあり周囲にはしっかりとスペースが設けられています。この神社も幾多の困難に遭遇しながら今でも地元の信仰心篤く支えられているのは、懐深く間接的に恩恵を授けられているからではないでしょうか。

(Sさん 30代・男性)
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2017年01月23日

出雲大社参拝

十一月の初めに 久しぶりに友達のUさんから「十一月の十六日に、出雲大社に行かないか?」と誘いがありました。十六日が少ない休みの一日であったために行くことになりました。
 しばらくすると 横田先生から出雲大社に龍蛇神の掛軸をいただいてきてほしいと言われ、わかりましたと答えると、すごい掛軸なのだろうなと思っていると、「石橋さんも欲しいですか」と声をかけていただき、二つ返事で「欲しいです」と答えると、横田先生のお名前で追加をお願いするように教えていただき、出雲大社にお願いしました。
 さて、十一月十六日当日はUさんとUさんの奥さんと私の三人で出発しました。珍しく行く道が大変混んでおり、ほかの道に逃げて進みましたが かえってスムーズに進みました。
 出雲大社は得も言われぬ空間で、母の優しさというか、春の陽射しというか、母の胎内というか、不思議な空間が際限なくどんどん広がっているのです Uさんと「この空間、時間は二度と経験することはないだろう」と話していました。
 そして、受付のところで神職の方に、横田先生の代参で掛軸をいただきにあがったことを伝えると、神職の方はつきっきりで案内していただき掛軸を持ってきていただき、少しも待つことも無く無事いただきました。それから 龍蛇神様、本殿、八百万の神様、本殿裏、素戔社、野見宿禰神社をお参りし、須佐の浜、日御崎神社、須佐社を参拝し、帰ってまいりました。横田先生に預かってきた掛軸をお届けして、無事出雲大社参拝の旅は終わりました。

(Iさん 60代・男性)
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