2017年07月29日

夏至を過ぎて

 夏至を過ぎ、雨や雷も多くなってきたように思いますが、これも浄化の一つでしょうか。最近は非常に冴えている感覚があります。
 そんな時、とても印象的な夢を見ることが多いのです。独特な映像の夢であれば鮮明に記憶に残ります。あるいは何かしらのメッセージであれば、夢を見ている最中に「これはメッセージだから、メモしておかなければならない」とわかるのです。それで朝起きた時にメモが残っているか、その内容をぼんやり覚えています。
 以前、起きている時に読書をしているようなリアルさで、意味不明なひらがなの羅列を音読している夢を見たことがあります。そしてその数ヶ月後に修験の山に入った時、そのひらがなの羅列が真言

の一部だとわかったことがありました。そんな風に、後から現実とリンクすることもあります。
 で、今回は「これはメモしておかねば」というインパクトを受けたのですが、その内容というのが、
「その人とともに食事をすると(その人とともに時間を過ごすと)、◯◯(脳のどこか)が◯◯になる(◯◯な状態になる?)」
というもので、普段教えていただいている「人」と「場」を共有することによる影響を、生理的な反応として示されたのです。結局、朝になって目が覚めるとメモが残っていなかったため、一番重要な部分が正確に思い出せないのですが・・・。この詳しい内容自体も気になるのですが、改めて「科学的にそんなにたしかな反応があるのか」と驚かされました。



 最近は卒業後のため、狙いを定めた次のポイントに向けて準備を進めていますが、常に横田先生の言葉が心に浮かびます。「どのような人と、どのような場を共有するのか」ということ。六月の内容では「ものごとや情報には虚実があり、それを見極める審神者の眼を持つことが大切である」「頭で感じるか、肚で感じるか」ということ。
 これを受けて、さらに注意して人や自分の内面をよく観ていこうと思うと同時に、改めて「自分自身が実の世界で、実の人間として在りたい」と考えています。

(20代男性)
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2017年07月22日

巡り合わせ

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 大阪に住み始めて早いもので十二年が経過しました。
 学生時代を合わせてみると、もう人生の半分近くを関西の地で過ごしています。関西は私にとって勉強の地であり、修行の場でもあります。十二年前に横田先生のお近くで勉強させていただくために大阪に移住しました。先生の身近で過ごさせていただきながら、会での勉強会やワークショップはもとより、私生活に至るまでたくさんのことを学ばせていただいております。
 これまでは職種自体の内容は大きくは変わらないのですが、職場はいろいろと移らせていただきいろんな方と交流を持つことが出来ました。そんな中で今の仕事を始めたのが二〇一一年でした。訪問医療の仕事でしたが、社長が会社を立ち上げる際に求人広告を出していたのを見つけたのが、応募のきっかけでした。応募の際には会社が既にあるものだと思って面接に行っていたのですが、話を聞いてみると今から会社を立ち上げるので協力してほしいとの内容だったのでビックリ!したのを覚えています。訪問医療の会社なのですが、これから立ち上げるので顧客も取引先もなにもありません。会社のコンセプトから名刺作成、営業まで何から何までが初めてづくしで、男二人で事務所でああでもない、こうでもないと戦略を練り、話し合いながら地道に仕事をしていました。
 徐々にではありますが仕事先も増え、これからの展望や戦略を立てるということを社長と二人で繰り返して話し合っていました。三年目を迎えようとしたある日に社長から、「創業から丸三年を区切りとして、来月に会社をたたむことにした」との話がありました。
 これは相談ではなく、会社を閉めるという結論からの話で始まり、「これからどうしますか?」という内容でした。結局は初めての会社経営というのもあり、軌道に乗り始めた時には、資金繰りに目処が立たずに会社を閉めるというものでした。今となっては再建する方法もあるのですが、当時は訪問医療についての知識や情報収集が少なかったために、資金を回収するには至っていませんでした。
 その際に切り出された提案は「この会社を売りに出すか、君が引き継ぐかどちらかだ」というものでした。いきなりの提案だということもあり、一旦家族と相談させていただき、会社を引き受けるという選択をし、現在に至ります。社長とは引き継ぎが全て終わってから、もう三年程度全く連絡をとっていませんでした。喧嘩別れしたというわけではないのですが、何となく特に連絡をとるということはありませんでした。
 それが、今月にその時の社長と偶然にも再会したのです。狭い歩道を歩いていると、少し前の方から不審な人が前から顔を覗き込むような感じでまっすぐこちらに歩いてくるのです。仕事中だというのもあって、知らないふりをしようとして通り過ぎようとすると、私の名前を呼ぶ声が聞こえたのです。名前を呼ばれたので反射的に顔をあげてみると、目の前に社長がいるのです。驚きとともに嬉しさが込み上げてきたのか、次の瞬間には握手とハグをしていました。自分でもこの行動に驚いてしまいましたが、狭い歩道で男性同士が急にハグをしたので周りの人はさぞ驚いたことだと思います。


 束の間の再会でしたが、お互いの現状報告と昔話で盛り上がり話をすることが出来ました。今生の別れではないのですが、なぜか別れ際に再度握手をしてしまいました。

 この偶然の再会は普段では起こりえないものでした。なぜなら、当日の仕事が変則的なもので、いつもと違う移動をしていたからでした。また、社長と会った時間はいつもより空いている時間があったので寄り道も多く、自分が当初行こうとしていたお店がしまっていたので、仕方なく行こうとしていたお店の道すがらに社長と会うことになったのです。しかもその道が狭い歩道でなければ、絶対に気づくことはなかったと思うのです。
 当日の仕事が変則的でなければ、そのお店に行かなければ、移動時間が変わっていなければなどなど奇跡的なことが重なって、社長に会うことが出来ました。
 前日に見た夢が、「右の肩にサソリが乗っていた」というものでした。夢占いの辞典によると、「右」は、「正しい選択、方向、明るさ、能動性、積極性、意識的なふるまい、男子」を表し「肩」は、「家族や仕事など、『あなたが担っているもの』の象徴」を表しているようです。「サソリ」は載っていませんでしたが、この夢を見た後だからなのか分かりませんが、社長との再会でなんだか肩の荷が下りた気分になりました。
 会でのお話にありました夏至の後に社長にあったので、これも何かの霊験なのかと不思議な巡り合いを感じております。

(30代男性)
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2017年07月15日

急速に増えている新会員からの刺激

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 皆様こんにちは〜!
 今年は暑い!今年の夏はスーパー猛暑だそうですよ。五月で三十度越えですから、想像出来ますよね(泣)
 今年もはや半年が経とうとしております。昨年から今年にかけて不思議の会のメンバーが急激に増え、その新しい息吹に後押しされ、昔からのメンバーも刺激を受けておられる事と思います。私自身も横田先生の御縁で皆様にお会いして、口では表せない、オーラの交流と言いますか、色々な刺激を受けております。
 しかし、そこで改めて感じたのは「本物への追求」への強い思いでした。
 最近の横田先生のお話も龍神さんや目に見えないお話が多くなりましたが、僕自身はハッキリ言いまして毎回よくわかってはおりません。話について行けていないというのが実際でして、必死に聞いてはおりますが、聞き流している状態です。とりあえず「毎回、場を共有させて頂いている」そんな所だと思います。
 ただ、横田先生の不思議なお話を伺ってから、自分自身で体感していく努力はしているつもりです。実際に自分で体感して理解できたものは言葉や肉体でも表現出来ますから、ここでやっとそういう事だったのかと理解が深まる訳です。
 最近は新しい方々が多いため懇親会の場でよくこういう事を聞かれます。
「横田先生のとこで学ばれて長いのですか?」と。
すかさず僕は
「確かに長いですね。十七年位になります。」と応えると、
「お〜、凄いですね〜!よほど横田先生と御縁があるのですね!」と大体言われます。
「もちろん長いですが、人間関係に期間が長い短いはあまり関係ないと思いますよ。大事なのは関係が濃いか、深いかだと思います」とお応えしています。
 横田先生にお世話になってから十七年が経とうとしております。確かによくここまで見捨てられずに、また僕自身もよく付いていけたな〜というのが実際の所です。これまで不思議の会に至るまでも色んな人の出入りがありましたし、内容が理解出来ずに早々と諦めた方も多かったように思います。
 確かにいつも先々進まれる先生を常に理解することは大変難しく、というか私には無理で、今と変わらず常にわからないというのが現状だったように思います。
 そんな私がなぜここにいるのか?と頭で考えるとわからなくなります。
 私の場合は、横田先生のお話の内容や今の状況に対して自分自身で意味を見い出だそうと必死でした。でなければ単純に今まで付いてこれなかっただろうと思います。
「これにはどういう意味があるのだろうか、今すぐにはわからないけど何かきっと意味があるはずだ」と。
 インスタントな答えを出しても先生に常に否定されていましたから、深く、そして濃く考えるようになり、自然とそういう思考の癖になっていったのだと思います。
 本来必要な情報はインスタントではなく、「深さと濃さ」があります。つまり情報の密度が高い。表面的にわかっているつもりが、一番罪かもしれませんね。
 先日の講習会で「鞍馬山の尊天とは、宇宙意識と同じ」と横田先生のお話がありました。
 以前より私はいつも朝のお勤めで「全ては尊天にてまします」と唱えています。
 実はこれ、鞍馬山で置いてある「鞍馬山尊天幸福への祈り」の中の最後の文です。
 なぜこれを毎日唱えているのか。
 「宇宙意識に繋がるには、わからなくても、それにただ意識を向けていくだけで実は繋がっているのだ」という事が最近改めて理解できたからです。つまり、「わからなくても真言を唱えればいい」「わからなくても、その場にいればいい」のです。
 「人、物、場を大切にする、これで今後の展開が変わる」と、先生もいつも話されています。
 今理解できなくてもいい。わからなくても、この先いつか理解出来るまで意識を向け続ける事が大切なんですね。
 また、いつも横田先生を見ていて思うのは、「不確定性を受け入れること」を徹底している事です。不確定性を受け入れるには深〜い腹が必要です。一筋縄ではいきません。
 だからよく分からなくても、顕在意識が働いた余計な損得に惑わされず「一〇〇パーセント上手くいっていると感じられる感性、肚」を養う日々を送る事。それには普段から、「より良い人、物、場を大切にする事」。これに尽きるのでしょうね。
 そんなこんなで、私の不思議な話は「横田先生の側でいつの間にか十七年も師事出来ている事」でした(笑)

(30代男性)
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