2017年07月01日

占いをどこまで信じますか?

 皆さん、こんにちは。
 皆さんは、占い結果をどこまで信じますか?
 占い自体を信じない人もいますが、占い師をやっていますから、もちろん信じています。自分のことも占いますし、その結果は自分なりのデータとして貯まっていきます。
 四月の沖縄旅行の前には、断易で旅行運を占いました。その結果で一つ気になることが。
 「ケガに注意!」
 大石林山を散策するので、ハブにでも噛まれるのか?それともレンタカーで事故?
 ですが、このような結果が出ると、ケガが気になりつつ、当たるかどうか興味津々なのです。
 難を事前に避ける方法もあるのですが、あえてそれはやらず、とりあえず細心の注意を払って出発することに。楽しい旅行中はそんなこともすっかり忘れ、旅を満喫していました。
 ですが、三日目に、友人が岩で足を強打し、ケガで出血してしまったのです。幸い大事に至らず、痛みも引きずらず、絆創膏で済む程度で不幸中の幸い。
 そういえば「ケガ」と出たのは、卦の中で「相手」を表すところ。相手とは、訪れる場所や同行者を表します。旅先でケガ、と読んでいましたが、同行者がケガ、と読むのが正しかったようです。
 うーむ、やっぱり当たる。
 友人の足のケガをとても心配するのとは裏腹に、易が当たる納得感と、マゾ的な快感があるのは、占い師だからでしょうか。
 このように、私自身が自分を占うこともあります。ですが、占いの結果に振り回されたり、占いに依存してしまうと本末転倒。
 人生の一部を判断する手段ですから、そこだけを切り取ってジャッジすることが目的ではありません。使い方を間違えると、可能性を狭めたりもするものです。
 ところで、旅行全体運は「とてもアクティブで楽しい」と出ていました。これも卦の表すとおりで、想定外のことがたくさん起こり、とても楽しい旅となりました。

(40代女性)
posted by 不思議の会ブログ at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 体験記

2017年06月24日

声が出ない?

 皆さまこんにちは。

 四月二十六日、今年一号目の台風が発生し、季節の移り変わりを感じる今日この頃。肌で感じる気温や湿度なども徐々に変化していますが、季節そのものは人によりさまざまな形で、或る日を境にパッと切り替わっていくのかなぁと、そんなことを思う日々です。

 四月二十三日のこと。この日の予定は、昼は不思議の会、夜は父の誕生日会です。朝は目覚ましをセットしていなかったので、陽の光で自然と目が覚めました。
 心地良い春の朝。空は快晴、時刻は七時前(笑)
 とりあえずいつも通り一階のリビングへと向かう。そしていつも通り朝の挨拶をする。

「おはよう(声にならない声)」

 皆「ん?」というリアクションでしたが・・・何故だろう、朝起きると声が出なくなっていたのです。体調はまったく問題なしで、声だけが出ないという不思議な状態です(笑)その後、翌日には声も出るようになり、そのまた翌日には完全に元どおりになっていました。
 僕の場合は熱も何もなかったと思うのですが、声が出なくなるというのは初めての体験でした。理由はわからないままですが、こうした突然の体調の変化は一種の脱皮なのかなと好意的に捉えています。

 実際に振り返ってみると、一時的ではありますが声が出なくなったことで、自分の主張を声に出すことができなくなり、何か言おうとしてもそのまま諦めることがありました。父の誕生日会でも、皆がわいわい楽しんでいる中、僕は黙々と肉を食べていました。
 でもそうなってみて「自分はめっちゃしょうもないことを口に出したいんだなぁ」という気づきがありました(笑)「こう思うけど、声出ないわ」と思って諦めると、結構自分を飲み込む感覚があるというか、でもその内容は本当にどうでもいいことなのですよね(笑)
 まさに無意識のパターンに気づいた瞬間だったと思います。後日瞑想をしていても、その日は自分のエネルギーが左にねじれているのがわかったり、そういう無意識の状態に気が向きやすくなったような感覚があります。

 自らの意に反して声が出なくなったことで、本当の何気ない日常の自分を観察者として眺めて、「ああ、普段から空白を持てるように気をつけた方がいいのだな」と改めて思ったできごとです。

(20代男性・Uさん)
posted by 不思議の会ブログ at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 体験記

2017年06月17日

感じて味わうと変化する

 こんにちは。
 嫌やなと思うことって避けたくなりますよね。私は避ける方です。避けるが故に同じようなことがいつまでも続きます。

 楽しいことはいつまでも続いたら良いのにと思っても直ぐ終わる。
 津留光一さんという方の講演のCDを会員Yさんからお借りして聞いていたらなるほどと思うことがありました。それは良いことも悪いことも全部感じて味わうこと。そうすると同じようなことは起こらない。
 良いことは嬉しいからしっかり感じて味わいます。でも悪いことは気分的にも嫌だし、感じたくない。味わいきっていない。
 なるほどと思うのと同時に横田先生の仰る浄化とはこういうことなのかもしれないと思うようになりました。良いこと悪いことも評価せずに流していく。
 そういう心境になれたら良いのですが、直ぐに評価したくなります。良いも悪いもないと思えるようになると少しだけ気が楽になります。
 自分の行動や生活習慣を見ていても常に評価ばかりです。出来なかったという過去をずっと引きずっているのです。
 引きずっているから同じようなことが起きる。嫌なことに目を向けて鳩尾が緊張したり気持ち悪い思いを味わうようにしました。

 私の場合で言えば、見ず知らずの人のところに行くのはしんどいと感じます。しんどいから同じようなところにばかり顔を出していました。
 福茶カフェでアドバイスをもらって美容鍼をさせてもらっているうちに、色んな方達と出会うようになり、また話を聞いているうちに自分の中にこれで良いのだと思える熱があることに気づきました。
 私の言った何気ない一言が相手に影響を与えて変わっていく。感じてみたからこそ言えるようになったように思います。関わりが増えるに従って良いご縁も増えました。お陰様で変なご縁は今のところありません。
 自力で頑張ってみますが、やっぱり変化するのには人に会うこと環境を変えることで変わるのだと実感します。その際に重要なのは、嫌なことに出会っても逃げずに感じること、感情と一緒にならずに自分の身体を感じることで変化をいっぱい感じれるように思います。
 最後まで読んで頂きありがとうございました。

(30代男性・Kさん)
posted by 不思議の会ブログ at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 体験記